- 人と組織の活性化
- Focus
2024.02.27
ウェルビーイング時代の未来のコミュニケーションとは?
組織・個人のモチベーション向上と
それぞれのよく生きるあり方から考える
多様な働き方や生き方が注目される中、特に注目されているのが「ウェルビーイング」という概念です。触覚コミュニケーションやウェルビーイングを研究する渡邊淳司氏を招き、様々な組織・個人のモチベーション向上をサポートする菊入みゆきと、展示会「WELL-BEING TECHNOLOGY」を担当するJCD結城がウェルビーイングとモチベーションの探求において、どのようなコミュニケーションが生まれていくのかについて語り合いました。
1 ウェルビーイングとは?
-まずはお二人の研究領域についてお聞かせください。
渡邊氏
僕はNTTコミュニケーション科学基礎研究所で、触れる感覚が人の感情に与える影響や、そこで起こるコミュニケーション、さらにはウェルビーイングとの関わりについて研究をしています。また、そこでのテーマの一つがテクノロジーで、新しいテクノロジーによる人と人との関係性の変化についても取り組んでいます。
菊入
JCD内のワーク・モチベーション研究所(以下、WM研究所)を運営しています。ここではワーク・モチベーションの研究をしながら、キャリアの観点からの組織活性化やコミュニケーションをテーマにコンサルティング・調査を行っています。
この領域には30年近く前から携わってきましたが、当初は、「モチベーション」という言葉がまだ一般的ではありませんでした。様々な業界で組織のモチベーション向上のお手伝いをするうちに、企業や組織内ですごくやる気がある人のやる気が自然に周囲に影響を与え、自身も気づいたらやる気になっているというモチベーションの伝染に興味を持つようになりました。こうした現象が起きる事は企業にとっても望ましい事であるとの思いに至り、10年前からモチベーションの伝染に関する研究を始めました。
渡邊氏
研究の具体例として、僕が10年以上実施しているワークショップ「心臓ピクニック」を体験してみましょうか。「心臓ピクニック」では、心臓の鼓動音を計測し、それを振動デバイスで再現し、鼓動に手で触れる体験をします。
これがリアルタイムで感じる僕の心臓の鼓動です。この感覚によって相手への思い、その人との心理的距離が変わってくることがあります。まさに、テクノロジーによって人と人の関係性に変化が生まれるのです。
-今回のテーマであるウェルビーイングは、「ぼんやりとしたイメージしかない」などの声をよく聞きます。ウェルビーイングついてどう理解すればよいのでしょうか?
渡邊氏
ウェルビーイングという言葉自体にはいろいろな意味があり、一般的には精神的、肉体的、社会的に良好な状態と言われますが、僕の場合は、より直訳に近い、"人それぞれのよく生きるあり方"と説明することが多いです。
また、ウェルビーイングは持続的なものであり、一瞬の良い悪いではなく、包括的に判断するものです。社会の中で私たちは、多様な人々と生きていますが、そこでは、自分と他人のウェルビーイングを尊重しあうために、より広い視点で良いも悪いも包括的に判断することが必要になります。
そして、僕の研究の場合は、人と人の関わりの潤滑剤として触覚を捉えています。コミュニケーションに摩擦がまったくないことがいいとは言いませんが、摩擦をうまく調整することができます。「よく生きるあり方」の違いも含めて、互いにコミュニケーションしながら、ウェルビーイングを一緒に実現していくことが大事だと思っています。
2 ウェルビーイングやモチベーションを包括的に捉える
-企業のモチベーションとウェルビーイングにはどのような関係があるのでしょうか。
菊入
モチベーションは一般的に、"設定した課題やゴールまでの道のり"に関わる心理的なプロセスを言います。ゴールの設定方法によってプロセスが変わったり、最初はよいスタートを切っても途中で中だるみしてしまうことが起きます。このようにモチベーションが全体的である点がウェルビーイングに近いものがありますね。
また、モチベーションは満足感とは異なります。満足感はある時点に得られる感覚で、モチベーションは未来に向けて湧き上がってくるものです。ウェルビーイングにも刹那的な喜びなどいろいろありながら全体像があり、モチベーションはその中の重要な役割を占めていくのではと思いました。
渡邊氏
おっしゃる通り、モチベーションは未来のウェルビーイングを実現するための原動力という側面があると思います。そして、モチベーションは、その人の内にありつつ、一方で環境からつくることもできる。その両方がありそうだなとお話を聞いて思いました。
菊入
まさに、個人に存在するものと環境面が重なって、そこには創発があるというように感じています。環境については、コミュニケーションであったり、企業と個人の近さみたいなものがあったりしますよね。
-企業のモチベーションに関する取り組みについてお話しいただけますでしょうか。
菊入
WM研究所で2年前に実施した調査で、平均して週2日以上リモートワークを行っている人1,030人に社長との心理的距離を尋ねたところ、1万キロ以上と答えた人が4人に1人の割合でいたことが分かりました。(*)
(*)ニューノーマルの社長との心理的距離調査
リンク:https://www.jtbcom.co.jp/article/hr/1143.html
心理的距離はモチベーションにも、関連しています。心理的距離は相手との共通の視点や体験を共有することで近くなり、これらを通じて仕事の価値観や目指すビジョンを共有することにつながり、このことがモチベーションにも影響をすると考えられています。
心理的距離ですので、社長をはじめ上司や同僚が物理的にそばにいる必要はないかもしれませんが、コミュニケーションが円滑に行える状況であることが良さそうです。心理的距離が近くなるようなイベントや社内制度づくりなど施策は色々考えられますが、先ほどの「心臓ピクニック」のような距離の縮め方もあるんだなと思いました。
渡邊氏
生活の中では、お祭りに参加する、みんなで旅行に出かけるなどの共同身体体験によって心理的距離が近づくことがあります。テクノロジーによっても、先のように心臓を相手に渡すでもいいですし、恥ずかしければ遠隔で机の振動が伝わるようなオフィスで働くでもいいですし、いろいろな選択肢をつくることが人それぞれのウェルビーイングやモチベーションのあり方を支える環境づくりにつながると思います。
菊入
モチベーションの中でも参画意識のような自己決定理論が提唱されています。先ほどの「心臓ピクニック」の体験でも渡邊さんの身体機能にほんの少しでも関わっているような、あるいはごくわずかですが決定権を持っているかもしれないと思うことが、渡邊さんをもっと知ろうとか何か協働したいなどのモチベーションにつながっていると感じました。モチベーションは一人の人の中に起こる心理的なプロセスではあるのですが、会社全体が一人の人間のような感じも確かにありますね。ここで、組織が個人のウェルビーイングにどう影響を及ぼすかについて話したいのですが、個人ではできないことが組織でできる、つまり大きなものと連動しているような感覚はウェルビーイングに深くつながると思います。
例えば、組織全体でビジョンに向かって取り組むことでつながりを感じますよね。昨年実施した調査では、会社がSDGsに積極的に取り組んでいると思うほど個々の社員のやる気が高いという相関が見られました。(*)
(*)SDGsと社員のモチベーションに関する調査
リンク:https://www.jtbcom.co.jp/article/hr/1236.html
渡邊氏
自己の感覚がいい意味で組織と一致している場合、組織がやっていることの一部を自分が担当し、全体が動いていると思えると自己効力感が高まったり、誰かの役に立ちたいという気持ちが持続したりするように思いますね。
菊入
組織のビジョンは目や耳からの情報だけで触感がなくつかみどころがないのですが、ビジョンを実感してもらうためにはどういうことをやっていらっしゃいますか。
渡邊氏
「わたしたちのウェルビーイングカード」というものがあるのですが、カードには、人がウェルビーイングに生きるために大事なもの「ウェルビーイングの要因」と、それにかかわるカテゴリー(I→WE→SOCIETY→UNIVERSE)が書かれています。たとえば、自己紹介として、カードを選び、その理由を述べることで自分の価値観を伝えることができ、他者を理解することにもつながります。また、ヨコのつながりだけではなく、自分の価値観と所属する組織のビジョン、つまりタテの関係性についても、「自分に何ができるだろう」と考えるきっかけになりますし、最終的に「自分の価値観×会社のビジョン」を可視化することにも役立つのではないかと思います。
リンク:https://socialwellbeing.ilab.ntt.co.jp/tool_measure_wellbeingcard.html
3 ウェルビーイングをテーマにした展示会を開催
-JCDでは2024年1月に、「WELL-BEING TECHNOLOGY」という展示会を初めて開催しました。簡単に展示会の特徴を教えてください。
結城
渡邊さんを「WELL-BEING TECHNOLOGY」の企画委員長に迎え、約1年前から準備に取り組んできました。これまでJCDはテクノロジーや研究開発系の展示会を数多く主催してきましたが、機能性などの視点の他にこれらの技術が人々にどのようによい影響をもたらしているかに焦点が当たるようになって、今回この展示会を開催しました。
素材・加工技術の展示会を長年手がけてきた経験により、素材からセンシング技術、VRや人間拡張技術、ロボティクスまで裾野を広げて、「ウェルビーイングな環境づくり」をテーマに既存の枠を越えて製品・サービス開発者が集う展示会となりました。
さらに、日本におけるウェルビーイング研究の第一人者として知られる前野隆司氏をはじめとする有識者のセミナーを開催した他、ウェルビーイングに貢献するテクノロジーを研究開発されている方々と渡邊さんのトークセッションの実施や、実際にこのような製品・サービスを体感できる展示エリアの設置も行いました。
このような展示会ではどうしても講演者と参加者に距離ができてしまう傾向がありますが、その距離を近づけるようなアフタートークセッションなどを実施したり、異業種のブースには立ち寄りにくいという参加者に向けて、コミュニケーションを促進するツールとして「心臓ピクニック」の装置を利用させていただきました。また、会場内で笑顔を検知するシステムを使って出展者、来場者の笑顔を視覚化する試みも行いました(※)。展示会自体もウェルビーイングな場になるように工夫しています。
4 未来のコミュニケーションのあり方
-今後はウェルビーイングをテーマにした取り組みが増えていくと予測されますが、未来のコミュニケーションはどのように実現されていくのかご意見を伺えますでしょうか。
渡邊氏
家族や職場での人間関係の先にある地域や自然との関わりを含めて、自分ごとの範囲を大きくしたり、小さくしたり柔軟にできたらよいですね。もしかしたら、コミュニケーションのテクノロジーによって、世界の向こう側で争いが起きていることについても、想像力が働くようになるかもしれない。さらに人だけでなく自然や環境との関わりも意識できると、僕らのウェルビーイングの選択肢も増えていくと思います。
菊入
未来のコミュニケーションについて、とても関心を持っているのは類似性と差異性という軸ですね。類似性にはそれに付随する共感や心地よいコンフォートゾーンにいる感覚があります。類似性はモチベーションの伝染にも影響を与えます。例えば、モチベーションはそれが高い人から伝染するのですが、過度に高い場合は伝染しないんですよ。
相手のモチベーションが高すぎると自身とは違うものと認識し、モチベーションが自分より少しだけ上だと同化が起こって自分にもできるだろうという感じになる。これは素晴らしいことです。しかしその結果、似たような人たちとの間でばかり伝染が起こり、行き過ぎると画一化が進んでしまいます。さらに、いつもコンフォートゾーンにいると視野も狭くなりますよね。自分の周囲で起きていることが社会全体の常識だと考えてしまうということも起きます。この前行った調査(※)では、自分の上司が女性の場合、世間一般でも女性管理職が当たり前という捉え方になるということが分かりました。そこで、必要になるのが差異性、違いですよね。コンフォートゾーンは大切ですが、そこを出ていつもと違うもの、新しいものを入れたりチャレンジしたりすることも、コミュニケーションのあり方としてとても求められていると感じています。
(※)~女性管理職の実像と本音~vol.1「部下から見た女性管理職のマネジメントに関する調査
リンク:https://www.jtbcom.co.jp/article/hr/1503.html
渡邊氏
同じ日々が続くと、いちいち行動を考えなくてよいので安心できますが、驚きがなくなります。一方で、新しいことに毎日さらされると、毎回その対応を考えなくてはいけないので、それはそれで大変です。日常のルーティーンの中に、どういうリズムで非日常を入れていくのかがとても大事ですね。日常と非日常は、ウェルビーイングの基盤と可能性を行ったり来たりしているようで、そのコミュニケーションのマネジメントができると良いですね。
菊入
本当ですね。今の話はキャリアの積み重ねにもつながると思いました。キャリアを振り返って、自分自身として辛かったこと、その時大変だったという経験があると、その後の喜びも大きかったりします。大変さを含んだキャリアを経験してくると、持続的で包括的なウェルビーイングも高まってくるのではと思いました。
※)一般社団法人One Smile Foundationの笑顔検知機能を会場入り口とブースに設置。JCDは能登半島地震の復興支援として1 スマイル=1 円を日本財団に寄付をした。